生産性

生産性はより少ない労力と投入物(インプット)でより多くの価値(アウトプット)を産みたいという人間の考えから生まれてきた概念である。リソースとリターンの関係性とも理解される。 生産性=アウトプット/インプット このように、投入(INPUT)したものから、どれだけの成果(OUTPUT)を産み出したかというのが生産性の定義です。 100投入して、80産み出したならば、生産性は80%になる。 TOC理論を見てみると、 投入を増やす、いわゆる過剰投入をしてinputが120であり、outputは80であれば、生産性は66.6%と低下する。 一方、inputを90に抑えて、outputが80ならば、生産性は88.8%と上昇する。 つまり投入制限をして、必要量だけinputしたほうが生産性は高まるということがわかる。 ところが実務になると、まったく逆のことが平然と行われている。 ■投入(input)を増やせば、もっと成果が上がるのではないか?。 ■設備効率を上げるには休ませてはならない。 だから仕事は多めに投入しておくのが最も生産性が高く、儲かる。 ■社員が暇にしていると利益は減る。 ■勤務時間中は休まず真剣に働くのが良い社員であるといった「間違った労働観」 こうしたものが、じつは生産性を低くしていることに気づかない。 頭では分かっていても、体が言うことをきかない。 これは「思考つまり考え方が間違っている」からである。

粗利は売上総利益

粗利=粗利益であるが、それは付加価値のことである。 そうなると、じつにおかしい事が分かる。 何がおかしい事かというと、企業は利益を追求するだけではないと言う人は、その利益(利益も6種類あるが)、もし粗利という意味であれば、発言が矛盾してくる。 企業は「付加価値」の追求であるというと、なるほどと頷く人がいるが、粗”利益"(売上総利益)の正体は「付加価値」なのである。 そうなると、「企業は利益ではない」という人は、「企業は付加価値を生むことが目的ではない」と言ってる事と変わらないことになってしまう。 さあ困った。 本当は「企業は自分一人だけが儲かっていれば良いということではない」と言いたいのだろうが、「利益」という言葉を安易に使ったがために馬脚を現してしまった。 これは利益という言葉を蔑視したがために、本来の意味を調べなかったツケである。 経常利益とは、固定費を超えた「付加価値」に過ぎない。 つまり、利益の正体は付加価値なのであって、分岐点を超えた瞬間にその姓名を変えたに過ぎない。

粗付加価値と付加価値

「粗」と書くとお粗末な感じがするが、通産省の工業統計表の付加価値には現在2種類ある。 1つは「粗付加価値」であり、昭和31年以前は粗付加価値1種類であった。粗付加価値とは付加価値に減価償却費が入っている。 一方、昭和32年以後、粗付加価値から減価償却費を差し引いたものを付加価値とよぶ形になった。 つまり、MQは減価償却費(F5)を含む 粗付加価値であり、 付加価値はMQ-F5であるということになる。 ラッカープランにおいても、付加価値の定義は重要であるし、それ以前に変動費(VQ)の定義が重要になる。 間違っても減価償却費(F5)は変動費(VQ)に混入させてはならない。 そのようにすると、MQ会計もおかしくなるが、ラッカー標準からも逸脱するということは、正しい成果配分も不可能になるということである。 しかし、いま時、粗付加価値なる用語は誰も使わないだろうから、粗利益でも限界利益でも粗利でも構わない。 ようはMQであれば良い。

原価意識の間違い

1分あたりの原価、つまり1日あたりの固定費を1日8時間で割り、さらに60分で割る。このようにすると115円/分かかっている固定費を人数分かけた額は相当になる。 だから、できるだけ無駄を省いて、仕事を効率的にしていけば儲かる。 という、この考え方は根本的に間違っている。 こんなミクロの計算式で付加価値増大は不可能であって、TOCの目指すところとは相容れない。MGもそうだと思う。 TOCでは、「余裕を持て」という。 積極的に「余裕時間」を戦略的に配置することでリスクを軽減し、付加価値を最大化するという。 それは「人」にも優しいことであり、設備ではメンテナンスという優しさも招くことになる。 間違っても経済や経営本にある原価意識なるものを、本気で信じてはいけない。 全部原価計算(FC)は全てが不正解であるとは言わないが、全部原価のトリックは原価意識というところでも我々の判断を歪め、意思決定を間違いに導くことがある。

人件費生産性(MQ/F1)

賃金付加価値生産性ともいうが、現代的な表現をすると人件費生産性であり、もう少しスマートな表現は、F1生産性。 それはいいのだが、ある会社の人件費生産性は2.0であった。 であったというのは、この会社の過去数年間の付加価値(MQ)と人件費(F1)の推移をみると、業績の悪いときもあり、良かったときもあるが、ほぼ2.0であれば良しとされる状況にあった。 その会社に中途採用の社員が加わった。 その中途社員は能力のある営業として高給で採用されが、半年間の営業成績は自身の給与の1.8倍の付加価値しか上げることができなかった。 この場合、早急に2.0倍の付加価値を上げるべく上司が動いていくことになると思うが。 しかしながら、この半年間で失われた(2.0以下の不足MQ) 0.2×人件費は、どこから削られるのであろうか? 答えは「利益(G)」から削られるのである。 人件費生産性2.0を下回ったということは、得られていたであろう経常利益(G)が削られてしまったということに他ならない。 経常利益が削られてしまったということは、全員の利益配分額が減少するということである。もっとひどい場合には赤字転落もあり得るし、長引けば倒産路線に入ってしまうこともある。

商品開発こそ全員参加

新商品の開発は、自前でやるのが一番です。 研究所も人材もなければ、それこそ社員全員が試作品を作って検討をして少量販売を試みる。 しかも原材料は今ある在庫の端材などを使っていけばリスクは少ない。 私は製造業出身だが、こうした原価ゼロの新商品開発は実に楽しい。 そこには製造業ならではの面白さがある。 そして、新製品開発で大事なことは、タブーを無視するということ。あれもダメ、これもダメ、この商品はこういう使命があるなどといらない口出しをするから魅力ある新製品が生まれてこないのだ。 私は印刷屋に居た時に、「印刷とは白い紙を汚す作業である」と言ったら叱られた。 レイアウトがどうの、品質がどうのと叱られたが、結局は白い紙の上にインキを塗ったくっていくことでしかない。 その結果が美しいかどうかだと思った。 新商品開発はブレイクスルーなのだから、印刷物を足で踏んでも構わない。敷物にしてもいい。たとえば玄関マットを透明なアクリル板にしてその下に印刷物を置いても良い。 そうした発想は、汚してはいけないとか、価値あるものだからと言ってしまえば出てきません。 みんなで話し合ってというのも良いけれど、話し合って平均的なものを出すよりも、一人一人が思うものを自由に形にして見せ合ったらもっと良いものが出てくる。 そして、そのような取り組みから新しいものが生まれてくるようになれば、それはそれで立派な企業風土(青チップ)であり、他社はそうそう真似できない。 全くお金をかけないし、嫌なら開発はやめれば良い。 これが、リスクゼロの研究開発。

★​旧SP研のHPはこちらから。

株式会社ソフトパワー研究所

〒950-0921

新潟県新潟市中央区京王1-20-5

TEL:025-287-0535

FAX:025-287-1214

Copyright © 株式会社 ソフトパワー研究所 All Rights Reserved.