• 清水信博

リスクについて

システムを強襲する、予測だにしないリスクをどのように受け止めるか。 回避できるのであれば、それに越したことはない。 もし回避できないのであれば、そのショックは軽く受け止めたい。 これがバッファ(Buffer)の基本概念である。  

まず「リスクとは、誰でも、不均等に、不規則に、不回避」に訪れるということ。 しかも予測は不可能である。これを認めるしかない。  

不規則にやってくるし、全員均等に受けることもない。 私だけ何故?ということもあれば、わずかしか訪れないこともある。 まさに不確実である。  

物理的なリスクに対しては、時間、物量、空間、お金等といったBufferを適所適量設けておけば軽く受け止めるクッションになる。 一方、精神的なリスクに対しては、精神的支柱を持っているかいないかで大きく変わってくる。リスクに右往左往されない自分自身の心の構築をするかどうかで決まる。  

母は何があっても大丈夫と戦中戦後の大変な時を生きてきた。 いつも家族を励ます、力強く、そして優しい心で生きてきた。  

こうした強い心、何があろうと前向きに、リスクを受け止めるどころか跳ね返す強い心は、いったいどこから生まれてきたのだろうか。 ひとつは決心覚悟かもしれない。 何があろうと、決して負けないと決めて生きてきたからかもしれない。 物理的なBufferも、もちろん大事ではあるけれど、その土台となる心のBufferというか決意はより大事なものになる。

閲覧数:10回

最新記事

すべて表示

経営者の器が大きければ それに見合った規模になればいいし、 器が小さければ 小さいままでやっていけばいい。 そういうことだと思います。 だから私はマイクロ企業のままでいくし、 それでいいと思っています。 悲劇は、 器の小さいものが大規模の舵取りを するようになったときであり、 喜劇は、 その逆のときである。

若い頃凄いと言われた人は早期熟成型。若い頃は大したことがないけれども年輪を重ねるに従って頭角を表すのが大器晩成型。 私はどちらがいいかというよりも、これはエネルギー量の問題かもしれないと思っている。 早期熟成型は若い頃エネルギーの大半を消費して活躍。 大器晩成型は省エネで過ごして、晩年エネルギーを消費して活躍ということかもしれない。 エネルギー量も「in-out-残」でいうと、使用するだけだと、ど

これまでの経営理論の登場人物は男性ばかりでした。 歴史上の著名人も同様でした。 ところが、ここ最近、フォレット、ナイチンゲール、イーガー博士、レイチェル・カーソンなどを読んでいてふと気づきました。 それは、男性的経営は力強いかもしれませんが、男臭いし、どこか権力の臭いがします。そして平等という声もうつろに聞こえます。たぶん、私が抱いたマネジメントの違和感はこれだったのかもしれません。 ですから、マ