• 清水信博

人件費の流動費化という人権無視

昔、人件費の流動費化という事が流行った時がある。   いまも言われているかもしれないが、私は苦しんだことがないアホなボンボンのタワゴトでしかないと思っている。   金持ちの経営者はいいだろう。 だが賃金が低く、生活も苦しい者にとって、人件費を固定費ではなく流動費とするのは、人間をお金で買う行為に等しい。   この流行で派遣社員が増え、パート社員やアルバイト社員を多く低賃金で稼ごうという経営者が増えた。同じ日本人でありながら、かたや正社員で威張り、派遣社員をアゴでコキ使うという「上下関係」もできた。貧しい者と富める者といった対立構造が現れてきた。   私は働く人の人件費は固定費であって、それは生活維持費であり、同時に企業維持費であると思う。経営者はどんなに苦しくとも働く人の生活保障を怠ってはならない。   ほんの少し前まで人手不足で採用を必死にやったのが、今度は人余り状態で就職難になった。これも過去に何度もあったことだ。 もっと不景気になれば、得意のリストラをやる。   景気に左右され、流行語に惑わされ、理念も計画も何も無い。 私はそれを「日本的経営」とは言いたくない。   何が足りないのだろう? 会社が「私達は何になろうとしているのか?」という命題を本気で考えていないことが原因かもしれない。   経営は規模ではない、規模は事業が求めるからである。 それを規模拡大が成長や成功だと勘違いしたら道を誤る。

18回の閲覧

最新記事

すべて表示

額に汗して

バブル時代は働かなくとも株が稼いでくれた。そしてはじけた瞬間に誰もが額に汗して働くことの重要性を訴えた。やがてしばらくすると架空通貨が現れて、働かなくともAIが稼いでくれるというものが出た。こうして時代を眺めると、額に汗して儲けるときと、何もせずに懐に金がはいってくるときとが交互に訪れている。 世界大恐慌に恐れて、高度成長にうかれてというのも同じこと。 時代や環境がどうであれ、やはり儲けるためには

季節変動について考える

季節変動といえば、有名なものは「ニッパチ」で、2月と8月は暇になるといわれた。 だが、私は季節変動を次のように捉えている。 それは、「ボトルネックというリソース(資源)が、フル活用される期間と、半分以下しか活用されない期間が顕著に現れること」と。 このように考えれば、季節変動とは、ある月、ある季節に限ったこととはいえなくなる。 ところが、このリソースの負荷量には、二つのものがある。 一つはマーケッ

集団について

■第一集団「優れた嗅覚」 何でもそうだが、はじめて世の中に出た時に、最も嗅覚の優れたものが飛びつく。 彼らはこれで会計も経営も理解できると大喜びした。 ところが嗅覚が鋭いために、しばらくすると、別のものに飛びついていく。 これが第一集団の特長であって、探すという行為はすぐれているが、理解という点については深く学ぶ前に目移りする傾向がある。 私は先生のご自宅に伺って書斎で懇談をした時のことをよく覚え